2018年04月19日

当て字|「カッパ」「背広」 輸入され、日本になじんだ衣服

海外の言葉を漢字に置き換えた「当て字」。絶妙な当て字は、新しい文化を日本に定着させるために大きな役割を果たし、現在では、まるで昔からある日本語のように思われていることが多い言葉もあります。今回は、「カッパ」と「背広」の当て字をご紹介します。


海外の言葉を漢字に置き換えた「当て字」。絶妙な当て字は、新しい文化を日本に定着させるために大きな役割を果たし、現在では、まるで昔からある日本語のように思われていることが多い言葉もあります。今回は、衣類にまつわる当て字をご紹介します。

ポルトガル発祥のコート「カッパ」

 

雨の日の外出用に、雨具兼防寒具として、ひとつ持っておくと安心な「カッパ」。「雨ガッパ」ともいいますね。「カッパ」は漢字ではこのように書きます。

「合羽」
カパ / capa(ポルトガル語)

「カッパ」はポルトガル語の「capa」を語源とする外来語で、「合羽」は当て字。「カッパ」に「合羽」という字が当てられた理由として、「人が着ると、両翼を合わせた鳥に似るところから」合羽という字になったという説があるそうです。

「カッパ」は15世紀の後半から16世紀に、ポルトガルから来日した宣教師の着ていたされた衣服をまねて作った防寒コートで、「南蛮蓑」という名でも呼ばれていました。袖がなく、広げると丸い形だったことから、「丸合羽」ともいわれました。マントやケープをイメージするとわかりやすいのではないでしょうか。当初の素材は、ラシャ(厚手の毛織物)製。なかでもワインレッドのような色は「猩々緋(しょうじょうひ)」と呼ばれ、舶来の毛織物の最高級品とされました。織田信長や豊臣秀吉といった戦国時代の大名たちは、最高級のラシャで作られたカッパを珍重し、「カッハ、カハン、カッパ」と称して身辺に置いたそうです。

江戸時代には、素材として木綿や桐油紙(とうゆし)が使われはじめ、また袖付きの形も作られるようになり、雨具として庶民に一般的に使われるようになりました。現在では、「合羽」「雨合羽」といえば、形を問わず、レインコートなど雨具全般を指す言葉として使われています。

語源は英語とされるが諸説あり「背広」

 

「背広」は、男性用の平常用スーツのこと。共布で作った上着とズボンのツーピース、もしくはベストも加えたスリーピースが基本。ラウンジ・スーツ、サック・コートともいいます。「背広」が当て字、と聞くと驚く方もいるのではないでしょうか? その語源には諸説あり、どれが正しいかはっきりしないのですが、有力説のいくつかをご紹介しましょう。

背広
civil,savile,cheviot など諸説あり

一つ目の説は、市民服を意味する英語「civil clothes」のcivilが由来という説。これが「セビロ」となり、漢字で「背広」と当てられたといいます。

二つ目の説は、明治初期の日本の仕立職人の用語に基づくもの。男性用礼装のフロックコートやモーニングコートがウエストで切り替えられ、背側は四枚の布を縫い合わせてウエストで狭く裁断されていたのに対し、「背広」は背側は二枚の布の縫い合わせでできていて、「背幅が広くゆったりしている」という特徴があり、それが背広という名になったという説。

三つ目の説は、ロンドン中心部の高級洋服店街「Savile Row(サヴィル・ロウ)」から売り出され、Savileが訛って「セビロ」となり、「背広」の字が当てられたという説。

ほかにも、イギリスイングランドとスコットランドの境界にCheviot Hills(チェビオット-ヒルズ)という地があり、ツイード生地などの羊毛から織られた服地の産地として知られていることから、「Cheviot」が訛って「セビロ」となり、漢字で「背広」が当てられたとする説や、「sack coat」の訳語で「ゆったりした上衣」の意から「背広」が当てられた、という説もあります。

意味からとった当て字か、音からとった当て字か、どちらが正しいのかわかりませんが、これだけ多くの説があり、どれももっともらしいのはおもしろいですね。